8/15 試楽。祭車は、午後6時までに開勢町に東向きで整列します。
午後7時30分、北組(宮本町と港町)、中組(開勢町と市場町)、南組(蛭子町と辨天町)に分かれて町内を曳き回されます。

(開勢町と市場町)
8/16 本楽。午前10時、神社役員参列による献石祭が神明社で行われます。
午後6時30分、開勢町を出た祭車は南堤防上→辨天町→蛭子町→市場町→開勢町→港橋→港町→宮本町を経て神明社へ向かいます。
(市場町)
桟敷席には神職と神社役員、祭事長が座り渡祭順幣札を受けとります。
(修祓を受ける港町祭車)
各町20分の渡祭時間で、青年会を中心に熱い姿が見られます。

(渡祭中の宮本町祭車)
赤提燈が振られてからも神社前で力強く粘る姿が見られ、これも見所の一つです。
(蛭子町)
昔は17日午前0時頃から花車渡祭開始で、末番が終わるのは日の出頃でしたが、現在は午前2時頃には末番の渡祭は終えています。
また、近年では曳き別れを行う組もあり、最後の名残を惜しむ姿が見られます。

(辨天町と蛭子町の曳き別れ)
赤須賀石取祭には、丁と優先権というルールがあります。
丁と呼ばれる十字路で祭車が止まり、その丁の住民が優先的に叩く事の出来るのです。
同じ人ばかりが叩いているところを見掛けるのはこの優先権のためで、この丁の住民全員を沢山叩かせようとして粘る姿が自町内では見られます。
また、祭車の進行単位は一丁ずつ進みます。

これは他の町を通る祭車も同じです。
祭車の間隔が空いても、丁を飛ばして進む事は本来の形ではありません。

北堤防下や帰町する時も本来は一丁ずつ止まるのが正しいのですが、最近は丁を飛ばしてしまう事が多いようです。
また渡祭後は港橋が解散場所であるため、宮本町祭車もそこまで行かなくてはならないのですが、現在は祭車庫前に直帰しています。
簡略化にあたり、末番祭車が通過するまでは祭車を出して、叩き続けるのがマナーとされていました。
しかし、昨今の少子化の流れからか、港町との曳き別れが終わると宮本町はすぐに祭車庫に入れるようになりました。
(このお話は、読者様のお父様である祭事委員経験者の方にお聞きしました)
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