【西舩馬町】
七里の渡しから西側にある町です。


米蔵や材木蔵が多かったこの町は、雅名を蔵前と名乗ります。


そんな材木商が多い町で、建てられた祭車庫がこちらです。
桑名で3番目に建てられた、鉄筋コンクリート製の建造物です。


豊富な材木が町内にあるにも関わらず、当時の最先端技術で建てられた蔵であることが面白いと思います。
祭車は桑名市有形民俗文化財に唯一指定されているものです。
享和2年に第36番舩馬町として記録が残り、東西分かれていなかった事がうかがえます。

その後、安政年間頃に西舩馬町はこの祭車を、東舩馬町も先代祭車(現富田西町)祭車を新造し、この頃に分離独立したと考えられます。

特徴的な山形の丸提燈は、明治時代から受け継がれているものですが、その前は長提燈の山形でした。

そして何よりの自慢すべき物は彫刻です。
彫刻師は信州諏訪の名工 立川和四郎富重です。


文久2年に彫られた事を示す箱書きが残ります。
詳しくは↓こちらにて。
立川和四郎が祭車にピッタリと彫刻を取り付けたため、「さすが和四郎だ!」と町内の人々は絶賛したそうです。
この彫刻ですが叩出は見ることが出来ず、無彫刻で行われます。

太鼓掛、持送も無彫刻で漆塗りが施された物を用います。

太鼓掛、持送も無彫刻で漆塗りが施された物を用います。
水引幕と胴幕は試楽用です。
また送り込み時のみ町旗が出ますが、祭車には取り付けず人足が持ち、先導します。


祭車が曳き出されると町旗の人足は、高張提燈に替えて桑名宗社へと向かいます。
この樟脳を燃やす様子は宮通~渡祭~江戸町までで、その前後は4本の和蝋燭を点します。

(試楽に山形提燈を除いて本楽懸装をした時の様子)
完成時に『舩馬のお茶人車』と羨望視されたこの祭車は、一町内で長く大切にされており、歴史の生き証人とも讃えられる名祭車だと言えるでしょう。

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