【階段出現!そして三輪へ】


絵図を見てもわかるように、当初は階段の無い四角い地車でした。
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前出した各地車の多くは、階段が後付けです。
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その証拠に、いなべ市員弁町楚原・御薗地車の大改修時に階段を取り外すと、亀腹彫刻が出てきました。
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階段出現の時を同じくして文政6年(1822)、藩主の国替えにより、御所車文化が流入してきました。
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藩主の父である松平定信が“輿車圖考”を記したのも、影響を与えた一つだと考えられます。
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(文政9年に彫刻を新調し、三輪への大改造を行った四日市市茂福町(旧桑名三崎通西之組)祭車)

輿車圖考とは、輿や車を調べた故実書です。
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走り回る荒い地車から、御所車の祭車に変えて優雅な祭りに変えようとしたとの思いもあったようです。

四輪地車から三輪祭車へ改造し、階段を後付けした分かりやすい例が、このいなべ市員弁町畑新田(旧桑名西矢田町)祭車です。
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胴体部分は額三面が施され、階段の下に三角はありません。
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また、車高も現存祭車五指に入る高さで、当時の人の身長からしては、とても高すぎるサイズとなっているので、四輪から三輪へとインチアップした事が要因と考えられます。
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一部の絵図に二輪の祭車が描かれているようですが現存例もなく、また重心が後ろにある石取車としては常に前が上がってしまうので、現実的ではなさそうです。

階段の登場により三角への彫刻が入り、亀腹への総彫りも定着し始め、彫刻充填式祭車が完成します。
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(桑名市多度町上之郷(旧桑名水車)祭車)

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(津島市中部(旧桑名今片町)祭車)

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(いなべ市員弁町松之木(旧桑名中本町)祭車)








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