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中学生になり、青年会にも憧れ始めます。
第一組では10/10に鳥居祭が行われ、青年会を中心として合同の曳き廻しが行われていました。
当時の青年会員数は多く、少年会の自分には入り込めないものでした。
それがまた、青年会への憧れを強めたのかもしれません。
中学2年生となり、祭車覈隠と出会います。
しかし、書いてある内容はちんぷんかんぷん、理解できませんでした
が、巻末にある各地の石取祭一覧表で、様々なところに石取祭がある事を知り、見に行き始めます。
最初に見たのは川越町豊田祭車。
7月から石取祭に親しめるなんて、と心が躍ったのを今も忘れません。
お盆には富田の石取祭を見学。
その時、神戸石取祭の今もお世話になっている諸氏や天鹿さんと知り合います。
ここが私の運命の分かれ道だったと思います。
以降、天鹿さんのお宅に勉強に行ったり、同じくして研究活動を行われている会員諸氏からも色々教えていただき、現在も続いています。
高校生になると、門限も多少遅くなり、行動の幅が広がりました。
自身も青年会員となり、憧れと現実(笑)の青年会活動の差を感じたのも忘れられません
松原石取祭も台数があり見応えがありましたが、当時の桑名の練習日は7/15~20で、7月第3金~日曜日の祭礼とは必ず1日以上重なりがあり、沢山見られても2日間で3日間見られた年はありませんでした。
名古屋市西区平野町へ表の通りに見に行くと既に終わっており、枇杷島なら祭りがやっていると聞いて見に行くと、名古屋型山車のお祭りでした。
その時は興味もなく、適当に見て帰ったのですが、問屋町へ出入りされている方々と後々に懇意にしていただく事になるなんて思ってもいなかったものです。
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