さて、ついに昨年分のお祭りネタストックも無くなりまして、何を書こうかと迷っています。
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軽く私の(祭りでの)生い立ちを振り返ってみます。
イメージ画として写真を入れますが、あえて時代を感じさせるため写真をスキャナーしたものにしますので、画質はおちます。
19××年、三重県桑名市で生まれる。
えっ?こんなのいらないって?
では、さらっといきますね。
幼少の頃より石取囃子に親しむが、父親は婿のため石取囃子を習う事はできず、町内の人たちに五ッ拍子を教えてもらいます。
間違いながらも小学校に上がる前から、一人で叩くようになりました。
自町内では、時折七ッ拍子を叩きますが、今とは違って、練習中に練習できず、叩けないので七ッ拍子を嫌いになりました。
年を重ね、祭りに携わる時間が増え、曳き別れで囃子が揃う様に感動を覚えたのもこの頃。
「石取祭は春日さんのお祭りだけしかない」と思っていた時、近くの赤須賀でも石取祭が行われていたと知ります。
そして、8/14 午後7時からの叩出に間に合うように夕飯を食べ、親に連れて行ってもらいました。
8/15 お盆の帰省で父親の実家へ。
従兄弟達と花火をするのも楽しみですが、帰り道に近鉄穴太駅前(当時)で叩いている穴太の祭車を通りすがりに見るのも楽しみでした。
交互通行の時に、こちらが止められると嬉しく、少しでも見ていたかったものです。
歳を重ねると五ッ拍子ではない事に気付き、七ッ拍子である事がわかりました
8/16 赤須賀の本楽です。
午後8時頃、神明社の前に来てみても祭車はおらず、翌年に渡祭見学を先伸ばし。
翌年、午後10時頃 神明社前に来てみても、まだ祭車は来ていません。
当時の赤須賀の渡祭は、午前0時頃から始まり、午前6時頃に終わるもので、幼少の私にはとても見られる時間ではありませんでした。
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