
12/24 今回の一番の目的は近江島祭車の見学です!
- 近江島

この祭車は安政年間~文久年間(1854~1863)頃の作と推定されます。

近江島に譲られた詳しい年代はわかっていませんが、近江島神社境内地が寄附された明治34年頃が有力となっています。

旧所在地が風呂町と口伝されていたようですが、桑名新町の者の口利きであり、その他の諸事情と擦り合わせると風呂町では無さそうです。

この祭車は、昭和34年9月26日に襲来した伊勢湾台風の被害を受け、使用不可能になっていました。

昭和57年春、大工・黒田利男、破魔・江口材木、塗師・ぬし長(竹中長弥)により大改修が行われ、同年10月再興しました。

旧状を残した部分と新たに替えた部分があり、そんな点を含めて考察します。

鬼板と前破魔軸受は唐草。

しかし、鬼木には四角の痕があることから、旧状は鬼木に直接車軸を嵌め込んでいたと推察します。

鬼木に直接車軸を嵌め込む方式は、メンテナンスに不便であるため、軸受けを付けたのでしょう。

鴟尾には太鼓をくくるための鐶が残されていました。

枘先に鼻栓を打つところは、同時期に造られた西舩馬町祭車でも見られます。

縁場板は落とし込み型式で、これも西舩馬町祭車と同じです。

四本柱基部の井桁組みは、古式に残る方法です。

後破魔蓋は十六菊花紋。

蓋を止めるピンも、鍛冶屋が作った特注品でしょう。

縁場蹴込がありますが、小縁場の下にあります。

引出は後付けなのか当初からあったものかは、わかりません。

階段蹴込は箔押しですが、何らかの絵があるようにも見えます。
(実際は剥げているだけ)

三角彫刻は龍。


額は笹竹に虎の彫刻。

九華刀とある事から、後藤吉次郎の作品です。

左側は伊勢湾台風で失ったため、同町小和泉住の服部義輝の作です。


波板欄間は透かし彫りの波です。


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