
天王祭シリーズ最終回は、鈴鹿市長太(なご)です。
7/30 神戸石取祭に行く前に、久しぶりに見学しました。
何故に久しぶりかと言うと、昔は8/1に行われていました。
時代の流れから、現在は8/1近くの土曜日に行われるようになり、その多くは桑名石取祭試楽に重なるからです。
8/1開催の頃は何度か通った、飯野神社へ続く細道。
梵天(提燈)に火が入れられているところでした。

煩悩の数と言われる108個の提燈が取り付けられています。
境内には既に、三台の山車が入っています。

楫棒を持たないこの山車は、梃子車を使い方向転換をします。

最初に四ッ谷の梵天が境内に入ってきました。

・四ッ谷
山車の上で青年団が待ち構え、山車の上に差し込みます。




時折、バランスを崩してふらつくと観客から喚声が上がります。



・中瀬古


刺股で差し上げ、ハンド綱がついていてもバランスを取るのが難しいようです。


山車の上で大きく傾くと、他の青年団より『落とせ!落とせ!』と野次が飛びます!
(今年は野次はありませんでした)



・馬場

蝋燭を消さず、提燈を燃やさずに梵天を取り付けるのが青年団の使命です。

一つ燃えてしまうのもご愛敬ってことで。




山車には素木彫刻、箔押し彫刻など様々な装飾が見られます。







石取祭車彫刻で有名な小川義休師の作もあります。

天王祭なので津島神社の木瓜紋。

錺金具にある諏訪梶は、どういう意味合いがあるのでしょうか?

梵天上げが終わると、山車上で囃子奏楽が始まります。


その後、宮本(馬場)より山車上で獅子舞が舞われます♪

馬場は山本流、中瀬古と四ッ谷は箕田流だそうです。


狭い山車上で舞うのは豪快そのもの。

勢い余って落ちる事もあり、獅子自ら猿田彦を助ける時もありました

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コメント
コメント一覧 (5)
掲載から年月が経過していますのですでに解決す見たと思いますが、記させていただきました。
『錺金具にある諏訪梶は、どういう意味合いがあるのでしょうか?』
この山車は四日市祭(諏訪神社祭礼)のものが明治時代に売却(譲渡)されたものであるため、諏訪神社の神紋がいたるところについています。小川義休の銘がある写真の角の金具にも諏訪梶の半分が写っています。
昭和48年に四日市新町(菅公山車)の古老に、長太の天王祭の山車のひとつに、四日市祭から売却したものがあると聞き、現地で確認しました。
ただ、残念なことに、元の所有町や譲渡年代などはっきりしたことは不明で、山車の内部に墨書がいくつかあったと思いますが、このことに関連したものはなかったように思います。
こちらでは、はじめまして。
昔、諏訪神社での四日市祭の勉強会で教えていただいた者です。
北勢地方で諏訪梶と言えば、四日市のお諏訪さん関連だとは思っていました。
四日市と型式の違う長太に四日市の山車があるなんて…と思っていたら、プロの方はご存じだったんですね。
小川義休の銘からして、建造年代くらいは推測できそうですが、長太で改造(取付)されたのならばまた話は変わってくるでしょうが。
なかなか行く機会が減った長太の天王祭ですが、そう言った背景を聞くともう一度ゆっくり見てみたいなぁと思います。
ご教示ありがとうございました!
そうでしたか!!あの催しからもう12年経ちました。あの時の主要メンバー、つまり四日市祭の各町の担い手有志達12・3人が今も毎月1度集まり、祭についていろいろと情報交換してます。
焼失した四日市祭の山車のうち、梶棒のないものが何基か見受けられます。どうやって舵をとっていたのか、不思議に思っていましたが、長太の山車の車輪付きの梃子を見て、これかな?って思いました。その写真がどこかにUPされていないかネットで検索していたところ、このページにたどり着きました。
長太の天王祭や鯨船は、四日市祭との関係がいろいろとあるように思っています。
また、ご教示ください。
長太の天王さんも、日程が大四日市まつりや桑名の石取りと重なるようになり、なかなか見に行けなくなってしまいました。
私の専門は石取祭なのでそれに照らし合わせても、当初の四輪地車(現在も員弁地方に残る四輪祭車)も楫棒が無かったようですね。
形状が一定していないのも根拠の一つです。
半田市の宝暦乙川祭礼絵図や津島市の津島秋祭り古絵図も山車にも楫棒が描かれておらず、
変わりに梃子棒が描かれています。
となると、何らかの方法で梃子棒を用いて方向転換をしていたのでしょう。
私見ですが梃子棒の補助のもと、祇園祭の辻回しのように綱を引いて強引に方向転換をしていのではないでしょうか?
現在も楫棒を持たない上野天神祭の楼車も梃子棒で、軌道修正を行っていますよね?
それに近い方法で方向転換を行っていたのではないでしょうか?
…と、力学を無視した考えで申し訳ありません(笑)
長太天王祭も8/1近くの土曜日に変わりましたから、ほとんど行く事ができなくなりました。
稀に7月末になる年のみ見に行けるので、その日まで楽しみにしています。