
3/21 他の三山が乙川八幡社へ進む中、一番近い浅井山が最後に曳き出しました!
- 浅井山 宮本車

ここを通るのは3年ぶりのようです。

(その後にはんだ山車まつりで通っていますが)


踏切を通過するため上山屋根は下段より低いベタ下げにして、鬼板と鳥衾、箱棟を外しています。

他の知多型山車はそこまでしなくても通過できますが、特段大きな乙川の山車はそこまでしなくてはいけません。

御幣も下ろされていました。

電車の通過を待って、再びJR武豊線の架線を保護します。


養生が終わると職員さんに御礼を言って、踏切を渡ります。





踏切を渡ると下っているので、後楫棒を押さえつけます。



乙川天満宮前で止まります。




上山の装飾を再び取り付けます。


例年と何か違うと思いませんか?

そうです、脇障子彫刻が違います。

布袋和尚喜捨之図(牛に乗る布袋尊)と福祿寿福履之図(鹿に乗る福禄寿神)です。

前棚手高欄も昔の物を直して取り付けました。

安政6年(1859)に立木音四郎種清により新調されたこの旧脇障子ですが、大正11年(1922)の現脇障子彫刻新調以降、日の目を見なくなった可能性があったようです。

旧脇障子彫刻や手高欄の修理のほか、前山鬼板も富山の彫刻師により復元新調されました。

- 向山 獅子屋形

乙川八幡社へと進みます。


- 浅井山 宮本車




楫を切り過ぎたので戻します。

(この記事の一部画像は、みなゆうくんにご提供いただきました
【お願い】
皆様のクリック(応援)がランキングに反映されます。
私の見学に向かう原動力ともなりますので、ご協力の程よろしくお願いいたします!
(有効カウント1日1回のみ)
↓↓↓
にほんブログ村
にほんブログ村
YouTubeチャンネル登録もよろしくお願いいたします!
↓↓↓
↓↓↓

コメント