
2/28 現在も活躍する小山車の紹介です!
- 新丁 菅公謫居(たっきょ)の状(小山車)

戦災焼失した後、山車を再建しましたが当初はからくり山車ではありませんでした。

地区に住む子供が山車に乗り、実際に文字を書いていました。

昭和27年、七代目玉屋庄兵衛により文字書きからくりを製作しました。

その際、山車も改造され現在の形になるのですが、唐破風屋根の庇が短いのも昔の屋根を切った名残でしょう。

(同例に長尾馬場組長北車の旧状があります)
前人形は平成2年、八代目玉屋庄兵衛により戦前のように童子に改められました。

菅公の文字書きは型板を使わないフリーハンドで色々な文字を書きます。

同じようなフリーハンド文字書きは大垣新町菅原軕などで見る事ができます。

- 蔵町 岩戸山(小山車)

戦災焼失しましたが、昭和63年8月 本町通り商店街により再建されました。

現在の山車は、輪掛が付いていますがゴマはなく、小さな車輪が台輪下に付いています。

山車、機巧は本町通り商店街のメンバーを中心として自作で行いました。

天宇豆賣命の頭は、八代目玉屋庄兵衛により製作されました。

演技の大まかな概要は、天宇豆賣命に扮して舞っていた狸ですが、

鉦鼓の音で驚き、狸に戻ってしまいます。

その後、睾丸が膨らむ所作が愉快です。

再び、天宇豆賣命に戻って終了です。

この睾丸が膨らむ仕掛けは、傘を応用したものとなっています。


- 西中町 司馬温公の甕破り(小山車)

平成2年、四日市商店連合会により再建されました。

前年の岩戸山の復活に触発された商連は、1年以上の時間をかけて山車の製作依頼やからくり人形の製作依頼に奔走しました。

からくり人形は八代目玉屋庄兵衛の作です。

からくりの所作や囃子は前述の東海市横須賀本町組より習いましたが、囃子は後にオリジナルに変えられました。

からくりの内容は、甕に落ちた小唐子を司馬温公が大切な甕を割って助け出す故事をもとにしています。

離れからくりであるため、小唐子には差し金を差し込み操作します。

- 桶の町(現 中納屋町) 大入道(小山車)

疎開させたため戦災を免れており、現存しています。

おにゅうどうさんとして親しまれており、土人形など多くの土産品が作られています。

首の伸びるおもちゃは、今も売られています。

模型も沢山作られているようです。

特に精巧に作られているのがこの模型です。

本物と同じようになっています。

中の楽器は鳴らないのでしょうか?

別場所で展示されていた時に撮影したものと合わせてご紹介します。


顔面は割りが入っており、中に表情を作る機巧が入っています。

眉毛が動かせるようになっているのがわかります。

指も動かせるようになっています。

体内には糸が通っており、本物と同じように動かせます。

大きくて普段練習できない大入道のため、この模型で練習できるように製作されました。

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