
8/15 瀬古泉から六把野へ!
午後9時20分、坂上げには間に合わず祭車は御厨神明社に上がっていました。






叩いているのは30代~60代くらいの男性が多かったです。


ソーリャの間の時に体当たりするのは、昔からのようです。




女性でも叩ける方は叩いていました。





囃子が危険を知らす連ちゃん(デンチャン)に変わり、祭車を回します。

楚原・御薗天白祭でも見られた光景です。

もしかすると、明治期頃の桑名でも行っていた祭礼風景なのかもしれません。

六把野に石取祭車が伝わったとされるのは明治22年頃ですが、その直前までの桑名は無法地帯な石取祭を行っていました。

喧嘩は多く、半裸で叩いていたり、祭車(地車時代)が走っていて、ぶつけ合う事もあったようです。

そんな祭りだったので、三重県令(今でいう三重県知事)により祭りの禁止が言い渡されました。

祭典規約などを制定して県令に嘆願したのち祭礼は復活しましたが、現代のコンプライアンス云々みたいな時代ではなかったわけですから、急に祭礼形態をガラッと変えたとも考え難いところです。

古いやり方を好み続けていた人もいたでしょうし、もしやり方を変えていたとしても知っている人が伝えた可能性もあります。

その他の地区でも似たような荒々しい動かし方を行うところがあるので、桑名から伝播した文化と思われます。

伝わった地区のやり方も含めてその地区の文化となっているので、これからも続けて欲しいですね。







造花に付けられた短冊にこう書いてありました。

世の中が平和のままでありますように
オイ!政治家ども!よく聞けよ!

と思いつつ、次へ向かいました。
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