
4/20 石取祭車見学の続きです!
檳榔子は若干短いように感じます。

作りが違う物が含まれており、こちらで作られている物でしょうか?

山車を拝殿前から市民館の前に移動させます。



石取囃子を行う若者たちが円陣を組みます。

区長の挨拶から祭りは始まります。

茶々を入れられて、おどけた表情を見せる和気あいあいぶりです。

子供神輿を先頭に祭り行列は出発します。



続いて囃子山車です。










笹提燈を付けた台車もありました。

最後に石取祭車が続きます。

と、ここでこの祭車がいつ頃出来たのかという疑問がおこりました。

鉦の銘と同時期ならば、昭和33年頃でしょう。

考察資料になる、古写真の展示がありました。

権利の関係でお見せできませんがそこに写る一番古いであろう写真には、車のナンバープレートが写っており、その形状から昭和30年以降と断定できそうでした。

また東海道新幹線の高架下を通る様子が写っている写真もあったので、その頃(昭和39年前後)にはこの祭車があったと言えます。

ただ、提燈飾りが年代によって違う、鉦を吊らずに曳いている姿があり、疑問も残ります。

平坂街道を南へ進みます。


懸魚がないと前回の記事で書きましたが、平成20年頃の改修で取り払われた可能性があります。

以前は懸魚がついており、破風板の塗り替え、廣幡の文字の記入をした時に無くなったかもしれません。

以前の状態はこちら↓
女性が鉦を摺り、男性が太鼓を叩く姿は津島秋祭などでも見られる古い風習です。

左に吊られてる鉦を左手で摺るのは、右利きの私にはツラい。

太鼓が2つになったのも後年の事で、完成初期と思われる写真には太鼓が1つ置かれていました。

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