
5/18 蛭子町内を祭車は南へ進みます!


中老さんは早くも着替えて、私服で再び叩いていました。

氏子総代も既に着替えていました。

ここでも2回連続叩かされていました




辨天町に入るとノンストップで通り抜けました。



午後3時、祭車庫前に着くとすぐに叩き終わりました。

飾り付けを外します。

祭車班と神明社班に分かれて片付けをしました。

祭車班の青年会が少ないので見にきていた辨天町の青年会にお手伝いを依頼し、太鼓を外す事に。


移動式の太鼓台ではないので、人力で祭車庫まで運びます。

万燈と御幣を外します。

蝶ネジではないので、外すのに苦労していました。

この祭車を置いている駐車場の看板、石取祭車が描かれています。

いつもなら山形も抜くのですが3ヶ月後に石取祭があるという事で、そのままで祭車庫に入れます。


バックでそのまま入れるのかと思いきや、頭から入れるようです。

赤須賀では蛭子町と宮本町が、頭から祭車庫に入っていると思います。

祭車庫前は道幅が広いので、祭車庫に対して祭車を直角に曲げたら入れやすいのですが、斜めで入れようとしたので南側に寄りすぎたようです。

この場合、左後破魔の位置が上手く決まるとすんなり入るのですが。

森實作の大型祭車なので、動かすのも大変なようです。




と、横を見ると辨天町も祭車庫を開けていました。

祭車庫内の整理をすると言いつつ、祭車を見て楽しんでいたようです。

披露が終わり、ようやく皆さんもお酒をゆっくり飲める時間となりました。

手締めをして終了しました。

そして、途中青年さんにいただいたビールがヱビスビールでした!

前にも蛭子町の方にヱビスビールをいただいた事があるのですが、町名に合わせたこだわりのビールですね。
最後に、蛭子町の皆様おめでとうございます。
計画段階からお話を聞いていて、どのようになるか楽しみでした。
隅腕彫刻を取り付けた後、70年あまり新規の彫刻新調がなかった祭車。
途中、彫刻新調の話が提起された事もありましたが、賛同が得られず叶わなかった過去もうかがっておりました。
時を経て、赤須賀内他町祭車に彫刻新調が始まると青年会と中老会が中心になって再び彫刻新調の機運が高まり、今回の完成にいたりました。
今回、大彫りを新調するという大行事が達成され、次は小彫り新調?などという噂も聞こえてきたとか聞こえてこないとか?

読者様をはじめ、意欲ある方々が揃っている今、蛭子町祭車は今後も進化し続ける事でしょう。
さて、読者様。漆塗りと錺金具の新調を私の勤め先でいかがですか?
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