
諸戸家祭車備品の考察です!
この練習台は昭和30年6月、山本孫七により作られました。

太鼓掛部分には寄贈者名が彫られていました。

さすが山林王諸戸家の町の練習台で、側面を見るとかなり大きな木から作られた事がわかります。

今回、練習に使った古い太鼓です。

祭車新造当初に使われていたと思われるものです。

太鼓の皮に彩色がしてあった様子が窺えます。

胴にも何か書いてあったような形跡が見られます。

内部にはスプリングや反響板が入っていました。

別の時に太鼓屋さんに効果を聞くと、あまりなさそうだとの見解でした。
鉦も年代物が残っています。

昭和廿九年(29年)六月 西諸戸と刻まれた鉦です。

もう少し古いものでは、昭和六年 西諸戸と刻まれています。

こちらは若干 径が小さいものでした。

作者も∧ヤ(やまや)です。

西諸戸の古い鉦は、現在主流になりつつある溶接補修が既に施されていました。
12月某日、イベント当日です。

関係者並びに桑名石取祭保存会以外には非公表の行事でしたが、どちらからか撮影に来た方もいました。

イベントの詳細を公開する許可は得ていないので、申し訳ありませんがその様子はお伝えできません
(※YouTubeにアップロードされているものは無許可撮影

待ち時間が結構あったので、蔵の整理を行いました。

祭車庫前に西太一丸 集會所の提燈を飾ってみました。

提燈箱も沢山あります。

石採祭用 岐阜形提灯の樽。

明治三拾年六月とある事から、祭車新造時のものでしょう。

石取祭用以外にも庭園内の神社用や祝賀時に使用されたと思われるものも混在しています。

煉瓦蔵内にも提燈樽が残されており、多数のものが存在しています。

木箱も沢山あり、雨天用山形提灯、晴天用山形厚紙提灯(試楽用?)、晴天用山形薄紙提灯(本楽用?)など種類も多く、どのように造り物と飾り替えしていたのかわからない部分も多いようです。


現祭車新造前の箱もあり、先代祭車の存在を示すものと言えるでしょう。






山林で財を成した諸戸家は建物も素晴らしく、主屋の柱は欅の一尺角で庭園公開の時に見る事ができます。

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