
8/5 晴れ間が出てきたので、各町の様子を見に行きました!
羽衣の祭事長さん、副祭事長さんの許可をいただいて、祭車を近くで見させていただきました。

町内に祭車庫がない羽衣は、全ての備品を祭車庫から町内に運んできます。


山形も十二張と六張の2種類があります。

太鼓も本太鼓と小太鼓の2種類を町内に持ってきます。

大正9年、佐藤新六によって造られた東舩馬町・北本町の祭車です。

戦災を免れたこの祭車は、戦災で祭車焼失した中本町と合併して羽衣連(現羽衣)祭車として使用されています。

祭車は水引幕胴幕型祭車ですが、小さな略式亀腹が付いています。

雲板欄間や方立、額もあります。

幕で見えない部分ですが、全て金箔押しが施されています。

四本柱も漆塗装が施されています。

祭車塗装は大正14年、塗師音により施されました。


鬼板などの手の触れる部分は、漆が剥げています。

塗装から100年近くも経っているため、漆の限界が来ています。

蒔絵と貝細工、金具を組み合わせた破魔隠しなど塗り替えられたらさぞ美しい姿となる事でしょう。



鬼板は波です。




前破魔軸受も波です。




引出も波です。


後破魔蓋は陰陽勾玉巴紋です。


鴟尾は角形です。


三角彫刻の松に羽衣(うい)は、後の羽衣連結成時の名称選定にも参考にされたと思われます。

彫刻は、老猿で有名な高村光雲の作です。


大正12年5月の銘があることから、祭車新造当初は彫刻が入ってなかったと推察されます。

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